節約命の嫁に対し、健全な精神を元に勝敗を度外視した闘いを挑み、華麗に敗れ去っていくサマを記録した内容ゆるゆるのプログである。
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北欧紀行番外編
2007年04月22日 (日) | 編集 |

例の海外出張の番外編である。

前回はアウェーであったが、今回はホームであった。
買った製品の取扱い説明のため、スウェーデンからはるばるとトレーナーがやってきたのであった。

当日、やってきたトレーナーを思わず見上げてしまった俺であった。
さすが北欧からの来客である。身長200cmである。

「Hi!! yandov~!!!♪ How ya do?」
と初対面の私にいきなりなれなれしいそのオトコこそ、Mr.Svensson(40)という名のガリバーであった。
受付の姉ちゃんはもちろんのこと、すれ違う所内の方々は、184cmの私と彼とのツインタワーぶりに嘲笑・・・いや、感激の微笑を隠しきれない模様であった。

そしてそのガリバーは、氷に閉ざされた国からの人間とは思えないほどのハイテンションぶりで、受講者の我々にやたらファンキーな言動を振りまくのであった。

「God! it's so goooooooood!!」
「Great ball's of FIRE!!」
「You can be my wingman anytime!!!」
と、トレーニングを受けている我々の一挙一動に、今時のヤンキーでもやらないような大げさな表現を示すのであった。

それに対し、今回通訳を担当した私は、
「こんちくしょう、お前のスキルはヤバイ!!」
「貴様は火の玉小僧かぁ!!」
「いつでも俺の弟子にしてやるぜぃ!」
と勤めてハードボイルドかつクールに意訳したのであった。

そしてお待ちかねのJapanese nightである。
まずはベタに、寿司・天ぷら・刺身・そばで、北欧人の度肝を抜いてやろうとした次第であった。
しかし、敵もさるものである。
意外に器用にチョップスティックを用い、おじけもせずにイカの踊り食いまで平らげたのであった。

第2弾として日本が世界に誇るべきリキュール、赤城山&三笠を繰りだしたものの、過去の仕事でロシアで2週間隔離されてウォッカ浸りとなった経験を持つ彼には、全く効果が無かったのであった。却って身内の何人かがバタバタと倒れていった始末である。

そこで、我々がリーサルウェポンとして繰り出したのは、数少ないJapanese Englishである”KARAOKE”である。残念ながら、”KYABAKURA”は資金不足で断念したのであった。

「Hey!! Shall we sing it together!!!」
とトーテムポール君がリクエストした曲(←クイック)は、広く知られた地球滅亡の曲であった。彼の青春の曲だそうである。
私も上半身裸となり、エアギターで支援させていただいたのであった。
もし、彼の妻子に地球の裏側で痴態を晒していることが知られたら、彼はこの極東の小国に死ぬまで隔離されることであろう。

次の日、二日酔いで出社した私に対し、彼はケロリとして参上したのであった。
「yandov! Are you fine todayyyyy??


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怨73:変わり身の早さ
2007年04月11日 (水) | 編集 |
(前回の続き)
思わず、私は禁断の言葉を吐き捨ててしまったのであった。
全国数人のやんどふファンにしてみれば、これは当たり前の事態であろう。私は浮気よりも飯を手抜きされるほうが数百倍許せない人種である。この状況はどう考えても驚愕の生き地獄であり、我慢がならなかったのである。

なにしろ、世間の誰が見ても、世界三大悪女は、マリー・アントワネット西太后我が嫁と言っても差支えがないくらいの悪女ぶりである。我がプログの愛好者が、PCの前で正座しながら思わずもらい泣きをする姿が目に浮かぶぐらいであった。

私の通告に嫁は何気に動揺したのであった。
あんたから言ったんやからね! 知らんよ!! マジ知らんで!!!”
とブツブツ言う嫁を無視し、こうちゃんにすりすりして旅行カバンを持ち出した私であった。

もちろんこの状況では、旅行に関しての餞別なぞ全く期待できないザマである。ま、何もなかったとしてももらえなかったであろう。そういう女である。むかつく気持ちを抑えながら、成田エクスプレスで一眠りしようと思った私であった。

結局、嫁から”いってらっしゃい”と曖昧に全てを水に流したいようなメールが来て一応は片付いたが、なんか釈然としない私であった。
せめて、”反省してご馳走だすようにします”だの、”帰国後食べたいものをリクエストして”ぐらいは言わせたかった次第であった。
それが、その後に続いた文面が”おみやげよろしくね”とそこはかとなくずうずうしいザマである。それならば、餞別ぐらい渡せっちゅうねん。

結局おみやげは、写真の通りである。
present.jpg

本来はどっちもこうちゃんにあげるつもりであったが、嫁は勝手にムーミンカップ(フィンランド製)は自分のもの と決め付けやがったのであった。

私は、「ラブ」「フェア」という言葉は信じないが、「パッション」はすごく重要と思っているのである。嫁に対して、蟻んこ程度に残っていたその「パッション」ですら、最近は全く燃え上がらなくなっている始末であった。この日記を書き出した時から、既に怪しいものはあったけど。

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怨72:出陣当日の出来事
2007年04月04日 (水) | 編集 |
なぜか私が旅行記・・・いや、孤軍奮闘の出張報告を連載している間は、アクセスおよびコメント数が少なかったのであった。
旅行記は世の方々の期待にそぐわないのであろうか。人は私の道楽を眺めるよりは、嫁に虐げられる姿に拍手喝采なのであろうか。

仕方が無いので、普段の路線に引き返すこととした次第である。
さあ皆さん、ガンガンにアクセスしたまえ

出張と同時に嫁子供が関西に今年2回目の帰省をしたことは、以前申し上げた通りであった。
しかし、なぜか私が旅立ちと帰国日に合わせて帰省する計画としていたのであった。
どう考えても、嫌がらせである。
私が居ない隙に実家で羽を伸ばし、帰国後は私に子供の世話を分担させようとする魂胆が見え見えである。
そして、何よりも、私の自由を奪い去ろうとする策略が気に食わないのであった。

それにも増して気に食わなかったのは、出発が近づく毎に、想定外の勢いで貧租になっていった飯であった。

晩飯例:
はんぺん、玉子焼き、ご飯、味噌汁
トマト、もやし炒め、ご飯、味噌汁

理由としては、”帰省するから冷蔵庫の整理をしなきゃいけない”とのことであった。腐らせるのが無駄とのことである。
しかし、自分は昼間は近所の奥様方と、子連れランチなんて行きやがっているのであった。嫁の出した飯で私が作れないモノは無い始末である。

この超合理的行動で、タミフルを注入する以上に私を狂わせつつある嫁が、最後の仕上げとして出張日当日の朝にやらかしたことに、私は戦慄すら感じたのであった。

朝飯 ないで
嫁はこう抜かしたのであった。
言わば大日本帝国男子として、魑魅魍魎の欧州ラテン・ゲルマン民族に戦いを挑みに出陣するその朝に・・・である。
そして、冷蔵庫は本当に、見事に空っぽであった。

私は無言で近くのコンビニに出向き、自分の朝飯とこうちゃんのぶどうジュースを仕入れたのであった。
そして、こうちゃんと二人でこれ見よがしげに仲良く朝飯を平らげ、嫁にこう通告したのであった。

しばらく関西から帰ってこなくていいから
(以下、続)

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北欧紀行その3
2007年04月01日 (日) | 編集 |
#今回は超オタク的内容である。

仕事がさっさと終わったせいで、2日の休日が出来たのであった。
北欧の神様は我に慈悲を与えてくれたようである普段の心がけがよいからであろう。貴重な機会を利用して、北欧観光を楽しんだのであった。

しかし、一人旅となると、どうしても自分の趣味に走ってしまうことを痛感してしまったのであった。以下、観光日記でござる。

・FLYGVAPEN MUSEUM
リンショーピング郊外の空軍基地に隣接する博物館である。
マニアならよだれモンの戦闘機が、数十機並べられていたのであった。しかも、頭上はスウェーデン空軍のタッチ・アンド・ゴーの嵐であり、すぐ近場の鉄路は電車が通過していくサイコーの環境であった。こうちゃんを連れてきたら、さぞかし喜んだであろう。
mus1.jpg


・RESECENTRUM
中央駅のことである。
リンショーピングからコペンハーゲンまで、空路で行くか鉄路で行くか
X2000に乗るべきか。悩んだ末に、モノを見て決めようとしたのであった。
X2000とは、スウェーデンが誇るフラッグトレインである。見た目はJR九州の883系にクリソツであり、同じく振り子式列車であるが、電車じゃなく機関車牽引方式であるそうな。

値段はコペンハーゲンまでで15000円。所要時間は3時間半。
微妙な金額と時間であったが、会社から航空券を支給されてた私はby airとしてしまったのであった。貧乏は辛い
もちろん、電車好きのこうちゃんと一緒に来たら間違いなく乗ったんだろうけどね。
X2000.jpg


・Øresundsförbindelsen
行きの飛行機での着陸の際、スウェーデンとデンマーク間に橋が設置されていることに初めて気づいたのであった。
ざっと見たところ、瀬戸大橋並のでかさである。
歴史的建造物よりも、こーゆーのに弱い私であった。てなわけで、帰国便のチェックイン後、空港駅からマルメまでの往復切符を買い、列車に乗り込んだのであった。橋を渡るためだけに

ヨーロッパの鉄路は標準軌(1435mm)なもんで、橋の上で時速160kmでも全く安定感が違ったのであった。ちなみにJR在来線はほとんど狭軌(1067mm)なもんで、関空連絡橋の列車は多少の強風ですぐに止まっちまうのである。

橋を渡ってる最中、携帯に日本からのメールがガンガンに入ってきたのであった。デンマークは3Gが使えないのに対し、スウェーデンは全エリアで使えるためであるらしい。おかげで、いろんな友達に万が一の場合の別れのメッセージを打つことができたのであった。

無事に帰国した後、こいつはエーレスンド橋と呼ぶことを知ったのであった。北欧の言語は摩訶不思議なんもんで、ガイドブックを持っていかないと、こんなこともわからんかったのであった。
Oeresund_Bridge.jpg


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